認知症当事者に寄り添う
言うは易し行うは難しとはよくいったもので、医療・介護に関わる者としては永遠のテーマのように感じます。
最近は「新しい認知症観」という言葉もよく見かけるようになり、
昔に比べると認知症に対しての理解も社会に浸透しつつあるのかなと思いますが、まだまだ偏見は残っているとも感じています。
私も認知症キャラバン・メイトという立場上、認知症に関する書籍に触れたり、
ご本人さんと接することを意識的に行っています。
しかしまだまだ自分に欠けている視点があるなと思い知らされる日々です。
今回の記事では「寄り添うことの難しさ」をテーマに、最近モヤモヤ考えたことを書いていきたいと思います。
認知症当事者に寄り添うって結局どういうこと?
早速結論から書きますが、2025年の現段階でのわたしの答えは
当事者の身になって考える
ということかなと考えています。
結構普通なように感じるかもしれません。
ですが、いざ本当に当事者の身になって考えることができているかと自分に問うてみると、
対応の際にはどうしても一般論、いわゆる「認知症あるある」が頭をよぎってしまいます。
その結果「認知症だから」と、本人のいろいろな可能性を潰してしまうことにも繋がっているように思うこともあります。
認知症当事者に寄り添うを考える際には、まずは当事者が何に困っていて、何を手伝ってほしいのか、本人の自尊心を大切にしながら対話することが大切になってきます。
本人の過去は対応のヒントになるが、それが全てではない?
認知症に関する書籍を読んでいるとほとんどの書籍には、
「本人がどんな人だったかを知り、好きなことや興味のあることを探すことが大切」という主旨のことが書いてあります。
私もまさにそのとおりだと思いますし、最初の大切な一歩だと思います。
ただ、当事者が「今」を元気に生きていくには、それだけでは不十分だと感じています。
当たり前ですが、私たちは今を生きています。
過去に戻って人生をもう1回というわけにはいきません。
高齢者であれば年齢や経験を重ねてきた「今」やりたいことは何なのか?
どんなことに「今」興味があるのか?
皆さんは考えたことはあるでしょうか?
脳科学者である恩蔵絢子さんの
「脳科学者の母が、認知症になる 記憶を失うと、その人は”その人”でなくなるのか?」
という書籍には次のようなことが書かれています。
「希望通りになること」が大事なのではなくて、どんなに小さなことでもいいから、また、失敗してもいいから、
「自分に選択の余地があって責任を持って生活できること」が、幸せを感じ、活動的になる秘訣なのだ。
この一節に、
「人生の主導権はあくまで本人にあり、それは認知症であっても大切にされなければならない」
と考えさせられました。
私もこの書籍を読むまでは「今」についての視点が欠けていたな~と反省をしています。
過去も現在も、そしてこれからのことも、どれもが生きていく上で大事な要素になる。
「寄り添う」を考えるのに非常に重要な洞察を与えてくれました。
みなさんも色々な視点で考えてみることをおすすめします。

置いてけぼりにしない
またもや書籍の話になりますが、最近読んで
「ぐぬぬ、、、」
と思ったことがあります。
若年性認知症当事者である丹野智文さんの
「認知症の私が、今を楽しく生きる理由」
という書籍には
心配と優しさの方向を間違えないでください
という一節があります。
認知症当事者を心配するあまり、家族や周りが色々な制限をかけることに警笛を鳴らしているわけです。
これはお世話好きの人からするとショックな一節かもしれません。
物事を決める時、本人を置いてけぼりで決めてしまっては本人の生きる活力を奪うことにもなりかねません。
ここでもやはり、しっかり認知症当事者と対話することが求められています。

一人で抱え込まない
私は今回の記事のテーマに「難しさ」という言葉を入れました。
どんなに介護のエキスパートであっても認知症家族のことを一人で抱え込むと疲れてしまいます。
それだけ寄り添うということは難解なことだと考えています。
自分では寄り添っているつもりでも、当事者にとっては不快に感じることもあります。(これは本当に鬼門!)
人と人とのコミュニケーションの話ですから、絶対の答えはいよいよ見つからないでしょう。
けれど、複数の人の視点で当事者を見れば、自分だけでは見えなかったものが見えてくることもあります。
そのために介護保険があり、ケアマネージャーがいて、介護のお仕事があるわけです。
家族が疲れてしまっては、当事者ももちろん幸せにはなれないでしょう。
「誰かの力を借りる」
このことを忘れないでいてほしいなと思います。
綺麗ごとで済ませない
SNSを眺めているとよく見かけるのが
「認知症患者に寄り添うとか綺麗事だろ」
「介護士・看護師の大変さを知らないから綺麗事が言えるんだろ」
というような医療・介護従事者からの意見。
彼ら彼女らの言うこともまさにごもっともだと思います。
それだけ医療・介護の現場は逼迫しているだろうし、
従事している皆さんが仕事に誇りを持っているだけに魂の叫びとなって上のような意見が出るのだと思います。
逆張りのように聞こえるかもしれませんが、それでも寄り添うを考えることから逃げてはいけないと思います。
「認知症当事者の皆さんに寄り添いましょう」という綺麗な言葉だけで終わらせず、
今回書かせていただいたようにしっかり当事者の話もしっかり聞いて、周りの力も借りながら考えて行くことが必要です。
私たちが逃げたら当事者は本当に一人ぼっちになってしまいます。
ここまでつらつらと書いた私も、まだまだ知らないこともありますし、未知の体験もあると思います。
また皆さんに共有できることがあれば当ブログで発信していきますので、ぜひまたお立ち寄りください。
ではまた。